札幌大谷高校の卒業した有名人は?里田まいが卒業生?

こんにちは!札幌進学ナビゲーターのさっしんです。

100年以上の長い歴史がある札幌大谷高校卒業生には、オリンピックに出場したスポーツ選手や小説家、女優の方がいます。

その中には「おバカタレント」でブレイクした、里田まいさんもいるというから驚きですね!

この記事では札幌大谷高校を卒業した有名人の方々についてご紹介します。

札幌大谷高校の卒業した有名人は?

札幌大谷高校は1906年(明治39年)に創立された100年を超える歴史をもつ高校です。

学科は「普通科」「音楽科」「美術科」があり、さらに普通科には知力と学力を深め高いレベルで学ぶ「Sコース」、それぞれの個性を大切にし勉強と部活動両方の目標達成を目指す「Gコース」、最高水準の学力を身につけ難関大学合格を目標にした「英数選抜・英数コース」があります。

部活動にも力を入れていてサッカー部、硬式野球部は全国大会出場経験があり、バレーボール部、水泳部、卓球部、フェンシング部は全国大会の常連です。

このように、学業だけでなく音楽や美術といった芸術系を学べ実績のある部活も多数あるため、札幌大谷高校からはスポーツ選手や文化人など多種多様な有名人を輩出しています

【スポーツ選手の有名人】

まずはスポーツ選手の有名人をご紹介します。

〈中村コウ〉
  • 生年:1920年
  • 出身:北海道釧路市

中村コウさんは札幌大谷高校が「北海高等女学院」という校名の時に在学していた女子陸上円盤投げの選手でした。

在学時の1935年に開催された日本選手権で優勝を果たしましたが、翌年のベルリンオリンピックでは4位入賞メダルには一歩及びませんでした。

ですが、それまで日本投てき界ではオリンピック入賞を果たした選手はいなかったので中村コウさんが初のオリンピック入賞となりました。創立14年目の時にそんな功績を残した選手がいたんですね。

〈種田恵〉

引用先:スポニチ

  • 生年月日:1986年9月20日
  • 出身:北海道札幌市
  • 身長:162cm
  • 血液型:AB型

種田恵さんはオリンピック出場経験もある元水泳選手で、種目は平泳ぎでした。ファンからは「タネメグ」の愛称でよばれています。

【主な実績】
〈2005年〉
日本選手権 平泳ぎ100m(8位) 平泳ぎ200m(優勝) モントリオール世界選手権 平泳ぎ50m(32位) 平泳ぎ200m(4位)ユニバーシアード 平泳ぎ200m(優勝)
〈2007年〉
世界競泳2007 平泳ぎ
100m(予選12位) 平泳ぎ200m(4位)
〈2008年〉
日本選手権 
平泳ぎ
100m(優勝) 平泳ぎ200m(優勝) 北京五輪 平泳ぎ100m(17位) 平泳ぎ200m(8位)

種田恵さんは幼いころ喘息気味で、体力をつけるために2歳のころから水泳を始めました。親の転勤で静岡や埼玉など各地を転々としながら水泳に打ち込み、中学の時には将来有望な選手として注目されていました。

札幌大谷高校に入学してからもインターハイ決勝に何度も名を連ね、3年の時のインターハイ・女子平泳ぎ200mの決勝では6位でした。(1、2年の時の記録は不明です)

50mや100mより200mで優勝や入賞していることが多いので、種田恵さんは持久力のある選手だったのでしょうね。

種田恵さんは2012年に引退されていて、現在は水泳教室の指導や講演活動をされているようです。

〈藤本那奈〉

引用先:Wikipedia

  • 生年月日:1989年3月3日
  • 出身:北海道札幌市
  • 身長:168cm

藤本選手は札幌市を拠点にするクラブチーム「ボルテックス札幌」に所属している女子アイスホッケーの選手です。ポジションはゴールキーパー。

【主な実績】
〈2007年〉
アルマトイ冬季アジア大会
 (銀メダル)
〈2014年〉
ソチオリンピック
(8位)
〈2015年〉
世界選手権
(7位・ベストゴールキーパー受賞)
〈2018年〉
平昌オリンピック
(6位)

藤本選手がアイスホッケーを始めたのは6歳の時、お父さんの勧めで始めたのがきっかけでした。藤本選手のお父さんは社会人になってアイスホッケーを始めた方で藤本選手の指導も行っていました。ポジションは藤本選手と同じゴールキーパーだそうです。

札幌大谷高校在籍時に日本代表に選出され、アルマトイ冬季アジア大会や世界選手権、バンクーバーオリンピック予選に出場し、高校卒業後は札幌学院大学・大学院に進みました。

大学では心理学を専攻していて、その時学んだことは試合中の精神コントロールなどに役立っているそうです。

〈佐藤瞳〉

引用先:公益財団法人日本卓球協会

  • 生年月日:1997年12月23日
  • 出身:北海道函館市
  • 身長:163㎝
  • 所属:ミキハウス

佐藤選手は世界ランキング13位(2019年4月現在)女子卓球の選手です。日本卓球協会の段級位※は5段になります。

【主な実績】
〈2014年〉
世界ジュニア選手権 女子団体
(準優勝) ITTFワールドツアー※(U21 2回優勝)
〈2015年〉
アジアジュニア卓球選手権大会(準優勝) ITTFワールドツアー(U21 5回優勝・2回準優勝、ダブルス準優勝)
〈2016年〉
ITTFワールドツアー 
(U21 優勝、シングルス優勝、ダブルス3回優勝

〈2017年〉
アジア卓球選手権大会団体
(準優勝) ITTFワールドツアー(ダブルス準優勝) ITTFチャレンジシリーズ※ (シングルス3回優勝、ダブルス2回優勝)

佐藤選手は小2の時に地元の少年団で卓球を始め、11歳の時に全日本卓球選手権大会ホープスの部で準優勝、中学3年生で全国中学校卓球大会優勝などの実績を残しています。

札幌大谷高校に入学してすぐのインターハイでも準優勝し、そのころから国際大会にも出場して優勝や準優勝という目覚ましい活躍を見せました。

そして、佐藤選手には語るうえで外せないエピソードがあります。

2017年に開催されたITTFカタールオープン決勝トーナメント、オランダの「リー・ジェ選手」との試合で1ラリー10分13秒766回もラリーが続きました。この記録は国際卓球連盟が「卓球史上最長のラリーになるはずです」と紹介したほどの記録です。

こちらがその時のラリーの様子です↓

これだけ長くラリーを続けられる両選手の技術とスタミナと集中力は並外れていますね。

段級位・日本卓球協会が設けている制度で10段から5級の15段階があります。
ITTFワールドツアー・国際卓球連盟主催している世界各地で開催される国際大会の総称
ITTFチャレンジシリーズ・ITTFワールドツアーの下位シリーズ

〈大山武蔵〉

引用先:ゲキサカ

  • 生年月日:1998年9月11日
  • 出身:北海道
  • 身長・体重:167㎝、61㎏

大山選手は札幌大谷高校初のJリーガーです、J1リーグのチームセレッソ大阪に所属しています。ポジションはミッドフィルダー※

【主な実績】
〈2013年〉
JFAプレミアカップ※(全道準優勝)
〈2017年〉
NEXT GENERATION MATCH※選出

大山選手が小2の時札幌のフットボールチーム「レアリッザーレFC」サッカーを始め、中学3年生の時には札幌ジュニアFCに所属しJFAプレミアカップで全道準優勝を果たすなど、この時から徐々に頭角を現していたんですね。

そんな大山選手は俊足を生かしたプレーをする選手です。札幌大谷高校でもそのスピードでチームに貢献しました。

どれぐらいのスピードかというと、大山選手は30m走3秒9というタイムをたたき出しています。このタイムはあのウサインボルトのタイムに肉薄するほどの速さですから大山選手の速さがうかがい知れます。

まだまだ若い選手なので今後の活躍に期待できますね。

※ミッドフィルダー・攻守両方に関わるポジション
※JFAプレミアカップ・日本サッカー協会主催の中学生のサッカー大会

【文化人の有名人】

次は文化人の有名人をご紹介します。

〈畔柳二美〉
  • 生年月日:1912年1月14日
  • 出身:北海道千歳市

畔柳二美さんは昭和の小説家です。わかりやすくはっきりしたリアリズムの作風で、1948年にデビュー作「夫婦より」の出版を皮切りに長編や短編など18冊の著書を出版しました。

【代表作】
〈1954年〉
姉妹(角川書店)
〈1956年〉
こぶしの花咲くころ(大日本雄弁会講談社)
〈1958年〉
風と雲と(講談社)
〈1960年〉
白い道(中央公論社)

畔柳二美さんは1924年に北海高等女学校(現:札幌大谷高校)に入学し、在学中から文学に親しんでいました。

代表作の1つである「姉妹」は在学中のことを自伝的に書かれたもので、大正~昭和初期の北海道の自然や生活が舞台になっています。この「姉妹」は「毎日出版文化賞」を受賞し翌年1955年に映画化もされ(この他にも5作品が映画化されています)1976年にはNHKでドラマ化もされています。

読めばその時代の北海道や畔柳二美さんの人となりが読み取れるかもしれませんね。

畔柳二美さんは1965年に亡くなって50年以上が経ちますが今でも根強いファンのいる小説家です。

〈岸輝子〉
  • 本名:伊藤キシ
  • 生年月日:1905年5月1日
  • 出身:北海道

岸輝子さんは今でいう「名バイプレーヤー」として知られた女優です。舞台や映画、ドラマなど幅広く活躍していました。

【代表作】
〈舞台〉
肝っ玉おっ母とその子供たち(1966年、1969年上演)
〈映画〉
野良犬(1947年公開)
キクとイサム(1959年公開)
喜劇 にっぽんのお婆ちゃん(1962年公開)
にっぽん昆虫記(1963年公開)
白い巨塔(1966年公開)

岸輝子さんは北海高等女学校卒業後、一度就職しましたが役者を目指し劇団の研究生になりました。それから役者として活動を続け、1944年に劇団俳優座※」の創立メンバーの1人として参加しています。

俳優座設立後も中心女優として活動し、母親役などで数多くの名演を残しています。代表作の舞台「肝っ玉おっ母とその子供たち」でもおっ母役を演じ、1966年に「芸術祭奨励賞」を受賞しました。

その一方で、福祉活動や反戦運動に尽力し、新日本婦人の会※」創立メンバーにも名を連ねました

劇団俳優座・1944年に設立された劇団。団員には「名探偵コナン」の毛利小五郎役「小山力也」さんも所属
新日本婦人の会・女性で構成されている社会運動団体。作家「平塚らいてう」も創立メンバーの1人

〈三苫千景〉

引用先:ルミエールプラチナム

  • 生年月日:1983年12月17日
  • 出身:北海道札幌市
  • 血液型:AB型

三苫千景(みとまちかげ)さんは元レースクイーン兼タレントで札幌大谷高校卒業後、「十勝インターナショナルスピードウェイ」のイメージガールを2年勤め2004年に上京、芸能プロダクション「フェイスネットワーク」所属しレースクイーンデビューしました。

レースクイーンとして活動しつつ、テレビ東京の番組「やりすぎコージー」にレギュラー出演するなどタレント活動も行っていました。

そして三苫千景さんはレースクイーンやタレント活動だけでなく作詞家としても活動していました。2005年フジテレビ系列のドラマ「曲がり角の彼女」の主題歌、shelaさんの歌う「Dear my friends」の作詞を担当しています。

レースクイーンやタレント、作詞家と多岐にわたって活動していましたが、今は積極的な芸能活動は行っておらず、現在ネイルサロン「ルミエールプラチナム」のサロンコンシェルジュとして勤めています。

〈小松加奈〉

引用先:Twitter

  • 生年月日:1991年1月22日
  • 出身:北海道札幌市

小松加奈さんは元劇団四季のミュージカル女優です。札幌大谷高校の音楽科を卒業しています。

6歳の時に舞台「アニー」にジュライ役で出演するなど幼いころから舞台に出演していましたが、中学生の時に劇団四季の「ライオンキング」観た時に自分もヒロインの「ナラ」をやりたいと思い高校卒業後、劇団四季に入団。

そしてそのナラ役をやりたいという夢は自身のデビュー公演で叶いました。なんと!入団4ヶ月目でのナラ役抜擢でした。この時小松加奈さんは18歳、この歳でのナラ役デビューは劇団四季では異例で日本公演史上最年少の抜擢です

現在は劇団四季との契約が外部契約に変わり、劇団四季でレッスンやオーディションを受けながらフリーで活動されています。

【卒業生に女性が多い理由】

こうして卒業生の方々を見てみると、女性が多いですよね。

それはなぜかというと、札幌大谷高校は創立から2009年3月まで女子校だったからです。創立から100年ほどの間は女子校でしたが2009年4月から共学になりました。

女子校だった時の期間が長いため、女性の有名人が多いのですね。

里田まいが卒業生!何科だったの?

引用先:LEE

みなさん、里田まいさんをご存知ですか?

里田まいさんは、ハロー!プロジェクト「カントリー娘。」のメンバーとして芸能界デビューし、フジテレビのバラエティ番組「クイズ!ヘキサゴン」でおバカタレントとしてブレイクした方です。

その里田まいさんも実は札幌大谷高校の卒業生だったんです!

里田まいさんはどんな生徒だったのでしょうか?気になりますね。詳しく見ていきましょう!

【里田まいのプロフィール】

  • 本名:田中舞(旧姓:里田舞)
  • 生年月日:1984年3月29日
  • 出身:北海道札幌市東区
  • 身長:161cm
  • 血液型:A型
  • 所属事務所:アップフロントクリエイト

【高校時代の里田まい】

里田まいさんは子供のころから運動神経がよく小学生の時にバレーボールやバトミントンの経験があり、特に小学校6年生から始めたソフトテニス中学時代に北海道で有名な選手になるほどでした。

札幌大谷高校にもソフトテニスの推薦で入学しました。どの学科に通っていたのかは残念ながらはっきりとした情報はありませんでしたが、スポーツの推薦入学をしているのでおそらく普通科のGコースに通っていたのではないかと思われます。

そして先程ご紹介した三苫千景さん。実は里田まいさんの同級生でブログにもマブダチとして紹介されていました。里田まいさんは三苫千景さんを「ちーこ」と呼び、2人で写った写真などを度々ブログにあげています。

引用先:里田まい公式ブログ

また里田まいさんはブログで三苫千景さんについてこう語っています。

わたしにとって
親友であり恋人みたいだったり家族みたいだったり姉妹みたいだったりとにかく大切な大切な存在です。
彼女はいつものふつーの里田舞をよく知っています。
悩んだり、わたしがうまくいかなくて眠れなくなったりしてたらまいが眠るまで電話に付き合ってくれて一緒に泣いて笑ってくれて大好きすぎるし、とんでもない理解者です。

引用先:里田まい公式ブログ

里田まいさんにとって三苫千景さんはかけがえのない存在なんでしょう。まさしく『人生の友』ですね。

そんな2人の仲良しな様子がもっと見たい方は、里田まいさんのブログをチェックしてみてください。

里田まいさんの公式ブログトップこちらです↓
里田まい公式ブログ

【卒業後の芸能活動】

里田まいさんは高校在学時からハロー!プロジェクトの「モーニング娘。追加オーディション」を2度受けていましたが、高校進級の都合上辞退したり落選したりしていましたが、2001年の「カントリー娘。の追加オーディション」に合格し卒業後正式加入しました。

「カントリー娘。」のメンバーとして芸能界デビューし、デビュー後しばらくは北海道の花畑牧場で農業や酪農業をしつつハロー!プロジェクトのイベントに参加していましたが、カントリー娘。の活動は鳴かず飛ばずといった感じでした。

ですが2006年に出演したフジテレビの「クイズ!ヘキサゴンII」で珍回答を連発したことで他の出演者と共に「おバカタレント」としてブレイクし、「クイズ!ヘキサゴンII」だけでなく他のバラエティ番組の出演も急増するなど活躍の場が増えていきました。

中でもフジテレビの「森田一義アワー笑っていいとも!」のレギュラーを務めたことは、里田まいさんの当時の人気を表しています。

また「クイズ!ヘキサゴンII」内で「Pabo」や「里田まいwith合田兄弟」など複数のユニットを組んでCDを出していました。

当時里田まいさんは「やっぱり歌が好きだ!私の原点なんだ!」とコメントしていて、番組内では1番多くユニットを結成するなど歌手活動も精力的に行っていました。里田まいさんにとって歌が特別なものだということが伝わってきますね。

【里田まいの現在】

里田まいさんは2011年に「クイズ!ヘキサゴンII」が終了した後もタレント活動を続けていましたが、翌年1月にプロ野球選手の田中将大選手と結婚を発表し、結婚後は主婦業に専念するため芸能活動を実質休止しました。

それからは結婚後に取得した「ジュニア・アスリートフードマイスター」の資格を生かし内助の功で夫を支えていき、2014年には田中将大選手のニューヨークヤンキース移籍することとなったためニューヨークに移住。夫のサポートメインの生活を送っています。

さらに2016年には第1子を出産し、2019年3月には第2子の妊娠を発表されています。妻としてだけではなく母としても日々邁進していくのでしょうね。

まとめ

  • 札幌大谷高校の卒業生にはスポーツ界や芸能界など幅広いジャンルの有名人がいる。
  • 卒業生には里田まいもおりソフトテニスの推薦入学をしている。
  • 里田まいの学科はおそらく普通科のGコース。

札幌大谷高校はその長い歴史の中、さまざまな業界で活躍する有名人を多く輩出してきました。

学力だけでなく部活動や音楽、美術など生徒それぞれの目標にあった教育を行っているので、これからも色んな業界で活躍する有名人が出てくるかもしれませんね。

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